ご挨拶

我が国には津々浦々に至るまで、氏神様のない所はありません。
天神地祇八百万の神々様が御鎮座ましまし、氏子崇敬者の皆様方は必ずそれぞれの神社にお参りされておられることと思っております。
私たちの遠い祖先は、皆、神になっておられます。
即ち、八百万の神々でございます。
私たちは、皆この神様の子孫であり、血がつながっております。
故に、神社は我々の魂の故郷であり、生活の根元であります。

神道には教祖や他の宗教のように教義教典はありません。
ただ日常生活の中に祖先を神とし、明るく•清く•正しく•直く生活していよいよ栄えていくようにと神を祭ったものです。

「神は人の敬いによって威を増し、人は神の徳によって運を賜う」と私どもは神様を敬うことによってその徳を頂き、
お陰をうけ、いよいよ幸福な生活を送ることができるのです。
大神の神前に額づき清い明るい心の誠をもって、神恩を感謝し大いなる御神護を戴かれますよう、毎日参拝され、日々の家業に汗を流し幸福なる家庭を築かれますことをお祈り申し上げます。

合掌

御由緒

聖武天皇の勅命により、東大寺大仏の鋳造が完成した天平勝宝元年(749)に、
東大寺大仏の守護神として宇佐八幡神社を勧請されることとなった。
『続日本書紀』同年十二月十八日に、宇佐八幡神を平群郡に迎え、
二七日に京に入り、京南の梨原宮に新殿を造って神宮としたとある。
京入りの前日、和州薬師寺門前の休ヶ丘で一泊された。

時の豪族中尾氏は勧請し、柳八幡大菩薩と尊崇し小高き丘の上、天高くそびえ立つ老木の松の根方に斎祀申し上げ、この地を”柳”と命名した。
(奈良県の宇佐八幡宮系の宮では一番古く、現在大和郡山市の神社のうちでも、ただ一社の氏神神社であります。)

人皇百三代 後土御門天皇の初年、小田切氏築城に際し守護神として武運長久を祈願され「郡山八幡宮」と称しておられる。

人皇百六代正親町天皇の天正十三年(1585)、大和大納言秀長御築城の際、現在の地に遷宮申し上げ郡山城累代の産土神として浅からず尊崇せられた。
また、住氏は城外なる所、現在大和郡山市柳町に土地を賜り今に至っております。
当宮は柳郷に鎮座されておられたゆえ、通称”柳八幡宮”と言い、その前の通りは宮の一字をとって柳町通りと言っております。
国家安寧 長寿安産 家内安全 厄除開運 学業成就 商売繁盛等の御神徳世に普き、近郷近在より参拝者多し。

略記

鎮座地 奈良県大和郡山市柳四丁目二五番地
御祭神 品陀別命 比売命 大帯日姫命

境内社
神明神社 大日孁貴命 豊受大神 比売大神 
琴平神社 大物主神
稲荷神社 玉姫大明神
常陸神社 大己貴命 少彦名命
菅原神社 菅原道真公
春日神社 天児屋根命 比売命
住吉神社 底筒男命 中筒男命 表筒男命

年中祭

 一月 一日 歳旦祭
    三日 元始祭
  十五日 大トンド祭
 二月 三日 節分祭及び御火焚祭 人形供養
 二月・三月 厄除詣り 十三詣り
 六月三十日 大祓式
 七月十五日 宵宮
   十六日 神明祭(夏の大祭)
 十月十四日 宵宮
   十五日 御例祭(秋の大祭)
十一月中   七五三祭
   二三日 新嘗祭
十二月三一日 大祓祭及び除夜祭

毎月一日・十五日 月次祭 

グラブ神社

郡山八幡神社では「グラブ神社」としての活動も行っております。
▼グラブ神社の活動
一、グラブ上達祈祷
二、チーム守備上達祈祷
三、集めた中古グラブを「グラブ祭りの日」に洗浄。カリブの子どもたちに贈ります。
四、毎年、グラブ祭りを境内でさせていただきます。

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